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MORNING TALK

朝の心

杉原千畝さんの陰に

2016.11.19
朝の心

 第2次世界大戦中、リトアニアの日本領事館領事代理としてユダヤ人避難民に「命のビザ」を発給し、ナチス・ドイツの迫害から逃れさせた杉原千畝さん。昨年、その半生を描いた映画「杉原千畝」も公開されました。

 さて、杉原さんは,リトアニアの領事館に押し寄せてきたユダヤ人たちに日本の通過ビザを発給して、彼らの命を助けたいという思いと、日本政府の「行き先国の入国手続きを完了し、かつ、十分な旅費を持っている者にしかビザを発給してはいけない」という命令との板挟みになり、葛藤します。貧しいユダヤの難民の多くは、お金をほとんど持っておらず、また,日本政府の命令に背けば、自分や家族の身に危険がおよぶかもしれなかったからです。しかし杉原さんは、苦悩の末についにビザを発給する決断をし、最終的に6千人近いユダヤ人の命を救うことになったのです。映画は,杉原さんに救われたユダヤ人たちが、船の上から福井県敦賀の美しい山々を眺めるシーンで終わります。

 ところで、お金を持っていなかったユダヤ人たちは,その後どうなったのでしょうか。実は、彼らを救ったのは杉原さんだけではなかったのです。杉原さんの前に、行き先国の入国許可を与え続けたオランダ領事のヤン・ツバルテンディクさん、有効性が疑われている杉原ビザに対して信用を与え、紛失者には再発行をし、さらに本来漁業関係者にしか出せない日本行きの乗船許可証を発給して難民を救済したウラジオストック領事館の根井三郎さん、日本への上陸許可に必要な一定の金額を持っていなくても、特別に許可を出した敦賀港の役人。それだけではありません。敦賀では,地元の人たちによる食べ物の差し入れや銭湯の無料開放、また、医者は無料で診察し、時計店は古い時計や指輪などを高値で買い取ってあげるなど、実に多くの名もなき人たちが、ユダヤ人救済にかかわっていたのです。

 杉原さんのように歴史に名を残すようなことを成し遂げるのは、誰にでもできることではありません。しかし,名は残らなくても常に正しいことを貫く信念を持った人、そして、そのような人の存在に気づける広い視野を持った人でありたいと思います。

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