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MORNING TALK

朝の心

巡礼

2017.04.27
朝の心

本来なら、今日が待ちに待った「ねばろー会」の日でしたが、あいにくの天気で延期になってしまいましたね。来週はいい天気になることを期待して、もうしばらく待ちましょう。

さて、今日は「歩く」ということについて、お話ししたいと思います。

皆さんは「巡礼」という言葉を聞いたことがありますか?ある決められた場所を目指して、祈りと共に、ひたすら歩くという宗教行為です。日本でも四国の88か所の番所をめぐる「お遍路さん」や、伊勢神宮などから熊野三山にいたる熊野古道などが有名です。調べてみますと、年間のべ10万人から30万人の人が巡礼地を目指して旅をしているといいます。今では、バスツアーなどの便利なプランもあって、女性やお年寄りなどでも参加しやすくなっているようです。

キリスト教でも「巡礼」の習慣があります。一番有名なものに、「サンチャゴ巡礼」があります。フランスのピレネー山脈のふもとから出発してスペイン国内を横断し、聖ヤコブが葬られているというサンチアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂までいたる、全長780㎞から900㎞にもなる巡礼です。こちらは厳密にルールがあって、徒歩で行く人は100㎞以上歩かなければ、巡礼として認められません。それでも年間10万人の人がフランスからピレネー山脈を越えていくと言います。参加者は巡礼者のしるしであるホタテ貝の殻を身に着け、思い思いにテクテクと歩いて行くのです。

巡礼者というのは、いつも晴れている中を歩くわけではなく、雨の中も風の中も、山を乗り越え苦しい思いをして何日も歩き続けるわけです。彼等はなぜ、このような「ひたすら歩く」ということに引き付けられるのでしょうか。

普段の生活から離れ、普段の便利さや忙しさからも離れ、歩きながら、もしかしたらお隣の人といろいろなことを話すことでしょう。日ざしの熱さや風の涼しさ、花の美しさや場合によっては雨の冷たさをも感じることでしょう。大自然の中で数メートルずつしか移動できないちっぽけな自分を感じる人もいるかもしれません。そのような人や自然とのふれあいを通して、人は歩きながら「自分自身」を見つめ直すようです。輝かしい過去でもなく不安な未来でもなく、ひたすら歩く「今の自分」を感じるのです。そして、苦労しながら歩くことで、自分が「今生きている実感」「生かされている実感」を取り戻すのです。

車文化に慣れ親しんでしまっている私たちです。ここらで「歩く」ことの価値をもう一度見直してみませんか。今度のねばろー会が皆さんにとって、友達との親睦を深めると同時に、自分自身の姿に気づく恵みの時でありますように。

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