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MORNING TALK

朝の心

もし報われない努力があるのならば

2017.06.15
朝の心

 夏場所が終わった先日、大関昇進を果たした高安関は、その伝達式で「正々堂々 精進します」と口上を述べました。彼が相撲界に入門したのは中学を卒業してまもなくのことです。入門後はなかなか馴染めず、先輩力士との人間関係に悩み、幾度も相撲部屋を抜け出しては実家に逃げ帰っていた根性なしでした。その度に家族や周囲の人々に説得されて連れ戻され、父親が親方に頭を下げることの繰り返しでした。逃げたい一心で、部屋に連れ戻される途中、信号待ちで停車していた車から飛び出したこともありました。

そんな高安関が変わったのは、父親が腎臓がんだと知らされてからです。入門して2年目のことでした。「自分はいったい何をしているんだ。父が重い病気だというのに、うかうかしていられない。自分が関取になることを信じ、応援してくれる父にこたえなければ」と奮起し、相撲に対する姿勢がガラリと変わりました。「今やらないと一生後悔する」と無我夢中で稽古に打ち込み、平成生まれとして初めての新入幕を果たします。その後も努力と苦労を重ね、入門してから12年目で、ついに大関まで昇りつめたのです。

人間誰しも、才能や可能性、チャンスを持っています。努力も、皆それなりにしているはずです。しかし果たして本気で、死にもの狂いで、その才能やチャンスを生かす努力をしていると言えるでしょうか。元プロ野球監督の王貞治は「努力は必ず報われます。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない」と言いました。高安関は、中学卒業時の身長が180㎝、体重120㎏、足のサイズは32㎝と体格に恵まれ、相撲部屋を逃げ出しても心から励ましサポートしてくれる家族や周囲の人々の愛情に包まれ、またその度にゆるしてくれる親方がおり、人にも環境にも恵まれていました。そんな彼の努力が本物の努力となったのは、父親の病気の知らせを聞いた時に自分の中から湧き出てきた本気がきっかけだったのです。

最後に、死が間近に迫っていることを悟った聖パウロがテモテの教会に宛てた手紙の一節を朗読します。

「世を去る時が近づきました。私は、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走り通し、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれを私に授けてくださるのです」(Ⅱテモテ4・6~8)。

写真:華道同好会・指導者:原南游先生kokoro1.jpg

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