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MORNING TALK

朝の心

いてくれて、ありがとう

2017.11.17
朝の心

先日の若鳩祭の時、3年1組のクラス新聞で私の実家で飼っている犬のヒナについての記事が載せられていました。写真もついていたので見てくれた人もいると思います。

今日はそのヒナについて、もう少し詳しくお話ししたいと思います。

ヒナは15年前、母親が知り合いの家からもらってきた犬でした。小さい頃から元気で、散歩のとき、我が家の周りにある畑を嬉しそうに走り回るのが常でした。

そんなヒナが1歳半のとき、首輪が外れて道路に走り出て、車にひかれて大けがを負ってしまいました。背骨が折れ、動物病院の先生の手術の甲斐もなく、後ろ足が全く動かなくなってしまったのです。当初はおしっこやうんちも自分ではできず、父や母、妹がおなかを押して出していました。しかし、一生懸命にした看病が奇跡を呼んだのか、自分でおしっこやうんちができるようになりました。もちろん、思いっきり走り回ったりはできませんでしたが、父や母が行くと、嬉しそうに前足だけであっちに行ったりこっちに来たり、お腹を見せて撫でてくれとせがんだりと、かわいらしい姿を見せていました。

彼女の特徴は責任感の強さです。見知らぬ人がきたら必ず大声でそれを知らせ、時には噛みつくこともありました。私もたまに実家に帰ると、「お前、何もんだ!」と言わんばかりに相当吠えられていたものです。

たとえ後ろ足が動かないという障がいを抱えても、ヒナは父や母、妹にとっては何にも代えがたい家族となっていたのでした。

そんなヒナも15歳。耳もかなり遠くなり、声もか細くなりました。昨日電話で様子を聞いたら、力も弱ってついに立てなくなり、今は玄関で毛布にくるまって過ごしているそうです。それでも母は、ヒナがいてくれて本当にありがたいと言います。

命の価値って、どこにあるのでしょうか。元気であること、早く走れること、頭がいいこと。実はそんなことはどうでもよく、そこにいてくれることで誰かの喜びになる、これだけでも生きている価値が十分にあるのではないか。今のヒナを見ていてそう思います。

恐らく、彼女の命もあとわずかでしょう。その命の灯を、両親と一緒に私も見守っていきたいと思います。

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