朝の心
一年の初めに
- 2026.01.21
- 朝の心
昨年の大みそかの夜は何をしていましたか?私は年末年始、大体実家に帰省しています。20代の時は地元の友人の家で数名集まり年越ししたこともあるのですが、慣れ親しんだ家でふつうに食事をして、眠くなったら寝て、起きたら新年になっているパターンがほとんどです。でも、今年こそは、多分生徒たちも見るだろうし、紅白歌合戦を全部見よう、と思いましたが、父が別の番組を見ていたので、ちょっと時間を置いて戻って来ようと部屋に行ったら、朝まで寝ていました。今年こそはと思っても、うまくいかないこともあります。
22歳の時、サレジオ会員としてドン・ボスコのように自分の人生を捧げる約束、誓願を立てました。その準備をする期間の中で、私は自分自身の弱さや至らなさ、悪い部分を切り捨てて、真っ白な新しい自分に生まれ変わるんだ、やるからにはやってやろうと自分をすり減らすぐらいの気持ちで頑張りました。
そして、誓願式の当日、どうなったのかというと、当然なのですが、まったく新しい自分になんてなることはできず、相変わらずの自分がそこにいました。じゃあ、何のために誓いを立てるのか?決心を立てても守れないんだから意味がないじゃないか?と思うかもしれません。でもきっとその誓いや決心には価値があると思います。それは神から命をもらったこと、また年頭の決心であれば、新しい年という「めぐみ」をいただいた、ということに対する私の応えであり、こういうふうに生きたい、生きられるようにしてくださいという願いや祈りでもあるからです。
さあ、皆さんはどんな一年にしていきたいですか?よいところも悪いところも、得意も苦手も、全部含めて私自身が今ここにあります。ぱっと生まれ変わるマジックはありませんが、何か一つ願いを込めて一年を初めてみてはいかがでしょうか。
主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を私に与えてください。(ニーバーの祈り)
