MENU

閉じる

閉じる

  • ホーム
  • 日向学院について
  • 朝の心
  • お言葉通りこの身になりますように
MORNING TALK

朝の心

お言葉通りこの身になりますように

2018.05.25
朝の心

「綺麗であること」と「美しいこと」とは違います。

 例えば化粧をすれば綺麗になりますが、必ずしも美しくなるとは限りません。人の美しさは、心と深く関わっているためです。

聖母マリアは、たくさんの絵に描かれました。時代や国によって表現方法は様々ですが、どの絵にも共通しているのは、とても美しいということです。そこには、聖母マリアの心がよく表現されていると思います。

聖母マリアの心は、「お言葉通りこの身になりますように」という言葉によく表されています。ナザレという小さな田舎町で、マリアは救い主の母となることを天使から突然告げられました。当然のことながら戸惑い、不安や恐れでいっぱいだったことでしょう。それでもマリアは、このお告げに対して「お言葉通りこの身になりますように」と答え、すべてを神にゆだねたのです。このゆだねる心こそ、聖母マリアの生涯のすべてであったと言えます。

普段私たちは、「自分の考え、自分の意思、自分の決断」といった「自分」目線で物事を決めています。「自分」を持つことは大切ですが、「自分」にとらわれるあまり「よく見せたい、背伸びをしたい、見栄をはりたい」といった利己主義に陥らないよう気をつけなければなりません。アダムとエヴァが「自分が神のようになりたい」という自己中心的な気持ちから人類最初の罪をおかしてしまったことは、とても示唆に富んだ話です。

一方で、ゆだねるという行為は単なる自己判断や選択の放棄という消極性だけではなく、積極的な意味も持ちます。それは、「下心がなく、ただ人のために思って、見返りを求めない」(フランシスコ教皇)場合です。聖母マリアの「お言葉通りこの身になりますように」という言葉はまさに、積極的な意味でのゆだねる決断であり行動でした。実際、神の心にすべてをゆだねた瞬間から、人類の救いの計画が実現していったのですから。

私たちにも、一人ひとりに与えられた仕事や役割、使命があります。その一つひとつに、聖母マリアの「お言葉通りこの身になりますように」という精神を持ち、神にゆだね、「下心がなく、ただ人のために思って、見返りを求めない」姿勢で励んでいきたいものです。

kokoro3.jpg


写真:宮崎修道院のチャペルにある聖母像
(宮崎小神学校時代からのもの)

閉じる