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MORNING TALK

朝の心

すべてを捧げる

2022.06.22
朝の心

「献身する」という言葉があります。自分の身を捧げると書きます。意味を調べると、「わが身を犠牲にして、他人やある物事のために尽くすこと」とありました。そんなことが出来るのか。わたしは一時期、献身することなど人間には不可能ではないかと思っていました。

フィリピンのミンダナオ島に「ハウス・オブ・ジョイ」という児童養護施設があります。親元で過ごすことができない子どもたちの生活の場、そして成長の場となっているこの施設を作ったのは、一人の日本人でした。烏山邦夫さんという、長崎は五島列島出身のカトリック信者の方です。彼は、若い時に海外青年協力隊で訪れたフィリピンが忘れられず、日本の商社で12年勤めた後、「見える行動で、見えない愛を表現したい」と、周囲の反対を押し切って児童養護施設建設のために奔走。その熱意が周囲に伝わり、手伝う人も現れて、ついに念願の「ハウス・オブ・ジョイ」ができます。家庭に恵まれない子供たちを迎え入れ、立派な大人となるよう支援する仕事にやりがいを感じていた彼でした。持病の糖尿病から両足を失いながらも、支援を求めてたびたび日本に帰国しては各地を回っていました。

善意の支援金を抱えてミンダナオ島に戻ったある時、島を巨大台風が襲います。施設は難を逃れたものの、周囲の集落は千人もの死者が出て、家も壊滅状態。烏山さんは日本から施設のために持ってきたお金を、そのまま被災者のために全部つぎ込み、米と粉ミルクとほし魚を買って家々に配りました。彼のお兄さんは言います。「思えば弟はいつも捨て身で生きてきたと思う。たったこれだけで何ができるかと、みんなが尻込みするところにいつも身を置いてきた。しかし、なけなしの人生と一途な思いを差し出したら、いつも不思議なことが起こると信じていた。」事実、その後も「ハウス・オブ・ジョイ」の支援は途絶えることがありませんでした。

見返りがある補償もないのに、すべてを捧げることは、負ける公算の強いギャンブルに全財産をつぎ込むような愚かなことに見えてきます。でも、神様の呼びかけに答えて、目の前の人々のためにすべてを捧げるなら、不思議なことも起こるのだと烏山さんは教えてくれています。

さて、皆さんが誰かのためにすべてを捧げてもいいと思うものは何なのか。これからの人生の中で探していってください。そこにはきっと、捧げたもの以上の大きな喜びがあるはずです。

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